統合失調症など重度の精神疾患にみられる認知機能障害の改善を目的とした認知リハビリテーションについて

統合失調症など重度の精神疾患にみられる認知機能障害の改善を目的とした心理・社会的介入法を総称して認知リハビリテーションといいます。認知リハビリテーションでは認知機能障害の改善を通じて究極的には機能的転帰の向上を目指します。

認知リハビリテーションは、薬物療法では認知機能障害に十分な改善が得られないことから、従来、頭部外傷患者の高次脳機能リハビリテーションに用いられてきた手法を応用して開発されました。

海外ではデイケアなどの精神科リハビリテーションで普及しているが国内では比較的新たな手法です。他に「認知機能リハビリテーション」「認知矯正療法」などの表現が使われることがあります。

精神疾患の方への認知リハビリテーションの適応

統合失調症の認知機能障害は前駆期から認められ、急性期に悪化するが安定期にも顕著な改善はみられません。統合失調症のおよそ8割が認知機能障害を示し、神経心理検査のパフォーマンスは健常者の平均と比較して1.5標準偏差ほど低いといわれています。認知機能障害は大勢の患者に深刻な影響を与える問題だといえます。

統合失調症の認知機能障害のうち、初発から顕著で最も重篤な問題を認めるのは、実行機能、注意、言語記憶と学習です。さらに重度の障害が認められるのは実行機能、言語流暢性、言語学習、覚醒、運動速度とされています。中程度の障害は、作業記憶、注意の転導性、再生記憶、視覚運動、軽度の障害は再認記憶、呼称、知覚機能にみられることが報告されています。

認知機能障害は自立生活能力、対人関係スキル、就労や就学など幅広い側面に影響を与えます。認知リハビリテーションは多様な治療設定で実施され、急性期病棟、外来、就労訓練施設などでの効果が示されていることから、慢性で病態水準が重い患者から高機能の患者まで、幅広い適応が可能です。

なお、認知リハビリテーションは、重度の知的発達障害や、アルツハイマー病などの認知症は適応外となります。

 

精神疾患の方への認知リハビリテーションの分類

認知リハビリテーションの手法は、①認知機能障害のとらえ方と訓練手法の違い、②学習理論の用い方により分類されます。

まず認知機能障害を回復可能な不全としてとらえる立場からは、反復学習により認知機能を訓練するのに対し、障害としてとらえる立場からは補償的な方略学習により認知機能訓練を行います。1つの課題を行うのに複数の方略を考えるのは、統合失調症の患者には認知の固着や作業記憶の問題のため困難であるため、治療者による提案や訓練が求められます。

次に、学習理論を用いた手法では、エラーレス学習、シェイピング、プロンプトなどの技法により、記憶や注意、集中力の問題がある患者でも課題に取り組むことができるような配慮をしています。

多くの認知リハビリテーションは集団形式で実施され、社会認知や対人スキルを直接または間接的に標的にしています。認知リハビリテーションには社会認知や対人スキル訓練が含まれている手法が多く、まず認知機能訓練を行い、それから応用機能である社会認知の訓練を行うのが一般的です。

社会生活技能訓練(SST)などを併用し、直接社会認知の訓練を組み込んでいない場合でも、集団形式で実施することで、集団内のモデリング効果から社会認知が向上することが予想されます。

 

精神疾患の方への認知リハビリテーションの手順

・認知リハビリテーションの流れについて

認知リハビリテーションは包括的なリハビリテーションプログラム内に位置づけ、薬物療法や他の心理・社会的手法と組み合わせて実施することが推奨されています。

手順は手法により異なりますが、一般的に開始前に神経心理検査を実施し、認知機能プロフィールを把握します。さらに就労、復学、自立生活、余暇などリハビリテーション目標を明確にし、治療への動機づけを高め、認知リハビリテーション終了後の処遇を計画します。これら患者導入のプロセスでは主治医、ケースワーカー、心理士など異職種間の連携が必要です。

認知リハビリテーションの中心は認知課題を用いて認知機能訓練を行うことです。回数、頻度、期間は手法により異なりますが、少ないものでは1セッション、多いものでは75時間以上の時間を要します。

・NEARの手順について

認知リハビリテーションの一種であるNEARを例として、手順を解説します。

導入時に神経心理検査と半構造化面接により認知機能障害の同定とリハビリテーション目標の確認を行います。

NEARでは、週2回の認知課題セッションと、週1回の言語セッションの各セッション1時間程度を6か月間施行することを標準的な手続きとしていますが、さらに慢性病態を示す低機能の患者が対象である場合、最大1年まで期間を延長して実施します。

随時導入法により終了した患者のあと随時新規患者を導入し、新規患者とベテラン患者が混交して参加することで社会的相互作用が促進されます。

患者は、各自の認知機能プロフィールに基づく個別メニューにより課題に取り組みますが、セッション自体は集団形式で行います。

治療者12人が1集団を担当します。基準を満たす課題の選定と言語的介入は治療者の役割であり、そのかかわり方はコーチングに例えられます。

治療者は規定の基準に基づいて治療の要となる認知課題を選定します。

基準には、課題が患者の多様な認知機能障害領域と難易度を網羅していること、課題の構造が明確で短時間で終了可能なものから、構造があいまいで複雑な手続きを要するものまで多様な種類があること、言語、グラフィック、聴覚など複数の種類で刺激が提示されていることなどが含まれています。

また、患者の興味を高め、動機づけを維持するために難易度が段階的に高まる構造、頻回に与えられるフィードバック、魅力的なマルチメディアやパッケージの使用も求められます。

認知課題の設定背景が実生活場面に類似していることを文脈化とよび、認知機能の訓練内容が抽象的な体験ではなく、社会生活機能に応用可能にするために必要な条件です。

治療者は患者の認知機能障害プロフィールに基づいて難易度が低いものから段階的に認知課題を紹介するが、一定期間後は患者が紹介された認知課題枠内から自由に課題を選んで行います。

・NEARの言語セッションについて

言語セッションでは、認知課題セッションで取り組んだ課題内容を日常生活で用いる認知機能や状況に関連づけるための般化を行うための討論や演習を行います。

これは主として、訓練した認知機能がどのように実生活で用いられるのか、あるいは包括的リハビリテーションにおける目標を達成するうえでどのように役立てることができるのかを理解する機会を提供します。

また、言語セッションでは他の参加者とのやりとりにおいて社会スキルやコミュニケーションスキルを訓練し、帰属意識を得る機会も得られます。

精神疾患の方への認知リハビリテーションの治療効果

認知リハビリテーションの治療効果に関するメタ分析では、認知機能に与える効果サイズは手法により変動があるが、平均的には中程度であることが示されています。効果研究により示される効果サイズの多様性は、手法により異なる治療期間や密度、治療者熟練度、患者の就労歴など複数の要因による影響が考えられます。

社会生活機能に与える効果では社会機能、リハビリテーション目標達成、就労機能の改善が示されています。

参考文献
・丹羽真一、福田正人(監訳):統合失調症の認知機能ハンドブック-生活機能の改善のために。南江堂、2004

日常生活の改善を目指した認知行動療法について解説

統合失調症の方に対する認知行動療法の目的

近年、「精神病の認知行動療法CBTforPsychosis(CBTp)」の効果検証時の主要アウトカムは、症状変化におくべきではないという考え方が広がってきています。

このような背景としては、まず、統合失調症をもつ人々の抱える最大の問題が精神病体験であるとは限らないことが挙げられます。

精神病症状よりも社会的排除やスティグマ、情緒的問題、対人関係の苦痛をより強く感じている者が少なくないことを示す調査結果が複数存在します。そのため、症状の軽減は必ずしも生活の質の向上やリカバリーに十分ではないことの理解が広がってきたのです。

さらに、認知行動モデルによれば、状況をどのように解釈(認知)するかが、その後の感情や行動(結果)を決めます。精神病体験については、いくつかの認知行動モデルが提唱されているが、心理的苦痛をもたらすのは、精神病体験という状況をどのように解釈するかで、体験そのものではないことを主張している点では共通しています。

そこで、心理的苦痛の軽減のためには、症状自体ではなく、症状に対する認知もしくは行動に介入すべきことがモデルから導き出されます。

症状の改善は苦痛軽減の結果、二次的にもたらされる可能性のある状態であって、第一義的な目的ではありません。

例えば、幻聴の頻度や内容が変わらないとしても、それによる苦痛や、影響された行動が改善すれば、介入の目的は達成されたと考えるということです。

以上のような理由から、現在では、CBTpを準向精神薬のように扱うのではなく、苦痛軽減と適応的行動の増加をターゲットにして、利用者本人の望む日常生活の改善を目的とした介入として位置づけるようになってきました。

CBTpの進め方

幻覚・妄想への対応に限定しないCBTpの進め方は、うつ病や不安障害への認知行動療法に倣って、以下の7段階に分けると考えやすいです。

①関係構築、②問題リスト作り、③目標設定、④アセスメント、⑤事例定式化caseformulation、⑥ホームワーク、⑦再発予防です。

 ①関係構築

CBTpにおける関係構築の特徴は、「柔軟な治療構造」「ノーマライジング」「不同意の同意関係」です。本人の状態に応じて面接時間を短くしたり、ホームワークを簡略化したり、同じ内容を繰り返したりする柔軟性が必要です。
「ノーマライジング」は、本人の体験している(していた)異常知覚体験が一定の状況下では誰にでも起こりうるという情報を、感覚遮断実験などの実例などを挙げながら共有することで、精神病体験の破局視を緩和します。
「不同意の同意関係」とは、状況に対する解釈が異なっていても協働して問題解決に当たれる関係を築くことです。

②問題リスト作り

問題リスト作りにおいて重要なのは、本人の優先順位づけを尊重することです。
幻覚・妄想が続いていても、本人が問題に挙げなければとりあげないようにします。
しかし症状が機能低下につながっている場合には、本人が一番に挙げた問題を探っていくと、結局、症状を扱うことにつながることが多いです。

 ③目標設定

目標設定は、SMART原則に従って行います。
Small(小さく)Measurable(達成度を測定可能)Achievable(達成可能)Realistic(現実的)Timeframe(期間設定のある)

④アセスメント

アセスメントは面接初期にまとめて終了させるものではなく、介入期間を通じて折々に行われます。状況、解釈、感情、行動、身体感覚といった認知行動モデルの各要素を同定していきます。精神病症状が関係している主訴の場合は、引き金、異常知覚体験の詳細(幻声なら音量、声質、誰の声か、どこから聞こえるか、いつ聞こえるか、知覚された威力の格差、持続時間など)、そのときの気分、採用された解釈(気分状態に一致した妄想信念)、解釈を裏づける根拠と本人が考える出来事、解釈の確信度、本人なりの対処行動をベースに確認します。

生育歴・病歴や生活環境の情報が得られれば、幻覚・妄想の由来を考えやすいですが、最初から聞かないほうが関係構築をしやすいこともあります。

取り組みの効果や達成度のモニタリングのため、目標設定に沿った質問紙や構造化面接を利用し、本人とともにその推移を観察することも重要です。

⑤事例定式化

事例定式化とは認知行動療法における見立てです。苦痛がなぜ生じて維持されているかについての仮説であり、患者と協働して作成します。
引き金-認知-感情からなるベーシックな事例定式化から、トラウマなど過去の出来事からの影響も取り込んだヒストリカル事例定式化、症状維持サイクルを明示した維持事例定式化など用途に応じて使い分け、患者の言葉を使い、複雑になりすぎないように工夫します。
文章や図式化よりも、絵や漫画にしたほうがよい場合もあります。
作成した事例定式化をもとに介入(取り組み)を計画します。

⑥ホームワーク

介入は面接中だけでなく、ホームワークの設定によっても行います。
ホームワークへの取り組みは認知行動療法の効果を予測するといわれますが、患者の負担とならないような設定が必要です。
記入が必要なものよりは、「パンフレットを読んでくる」程度から始めるほうが良いです。

⑦再発予防

再発予防は、扱った問題が症状である場合に実施することが多いです。
それまでのCBTpで得られた成果の要約を作成して時々振り返ることにしたり、再発の自覚的・他覚的注意サインをもとに対処計画を立てて必要な要素を練習したりします。

CBTpの下地作り

統合失調症をもつ患者では、自分の感情を認識したり、何に困っているのかを自覚するのに時間がかかることも多く、身体感覚を頼りに感情に名前をつけて、困り感を自覚することから始める場合もあります。

援助希求が起こりにくい方の場合では、相談行動の強化が重要です。前述の困り感の自覚から始める場合もあれば、すでに生じている文句行動を徐々に丁寧な言い方へとシェイピングしていく場合などがあります。

「情報を集めず結論に飛びつく傾向」や「複数の解釈を考えることの難しさ」が妄想の形成・維持に関係していることから、たとえ幻覚・妄想に直接つながらない状況に対してであっても、日頃から「立ち止まって考える」ことや、「ほかの解釈も考え合わせて結論を出すのを保留する」練習をしておくことが有用です。

 併存症・併存問題への介入

統合失調症に併存する物質使用障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、うつ状態、社会不安障害、攻撃性、スティグマ、低自尊感情、心配worryなどについては、それぞれの問題に対する認知行動療法を援用した形で実施し、効果の検証も少ないながらされています。

このように統合失調症以外の対象者で効果の検証をされた認知行動療法を使用する場合は、統合失調症をもつ人々のストレス脆弱性に配慮した修正をする必要があります。

例えば、PTSDの治療として推奨される認知行動療法としては持続曝露療法がありますが、統合失調症をもつ患者のPTSDに対しては、曝露は行わず、認知再構成を中心とした介入とするのが通常だとされています。

参考文献

Theevolutionofcognitivebehaviortherapyforschizophrenia:currentpracticeandrecentdevelopments SchizophrBull35:865-873 2009

幻覚・妄想症状に対する認知行動療法 (CBT)の定義、適応、手順について

CBTの定義


患者が抱えるさまざまな問題に対して認知・行動の両面からアプローチする認知行動療法(CBT)は、気分障害・不安障害での治療効果を立証して精神療法の有力な一派となりました。

加えて1990年代以降、英国を中心にCBTを統合失調症に適応拡大する臨床研究が進められ、その結果、幻覚・妄想体験などの陽性症状にCBTが一定の有効性を示しうるというデータが報告されました。

現在では、英国医療技術評価機構(NICE)や米国精神医学会のガイドラインでCBTの実施が推奨されるようになり、わが国の統合失調症治療ガイドラインでもCBTの項目が採用されています。

CBTの適応


幻覚・妄想状態にある患者のすべてが、CBTの対象となりうるわけではありません。CBTの適応の目途として、次の「5つのC」というものがあります。

Calmness(落ち着き)
Communication(対話)
Curiosity(好奇心)
Comprehension(理解)
Cooperation(協力)

特に、患者がcuriosity(好奇心=幻覚・妄想に対するCBTへの興味・関心)を示さない場合には、CBTの施行は禁忌となります。そうした際は、「ではそういう治療もあると頭の片隅においておいて、興味が出てきたらおっしゃってください」と伝えて引き下がるようにします。

5つのCが満たされる場合には、幻覚・妄想症状がみられる精神障害のさまざまな治療段階において実施可能となります。

特に、以下の4つのポイントにおける適応が臨床上重要になります。

1治療導入期の病識

育成幻覚・妄想状態にある患者の多くは病識がなく、治療導入に困難をきたしがちです。患者の病識育成という大きな臨床上のニーズがあり、CBTに期待が寄せられています。 

2薬物療法

抵抗性の症状への対応薬物療法を行っても、幻覚・妄想症状が十分消退しない症例が少なくないといわれています。こうした際に治療者が薬物療法という治療ツールしかもち合わせていないと、それ以上の介入が難しくなってしまいます。また、多剤併用・大量投与の弊に陥る可能性も高くなってしまいます。ちなみに薬物療法抵抗性の陽性症状に対するCBTの治療目標は、ほとんどの場合「症状の消退」ではなく、「症状に関する認知の修正」(認知再構成)や「対処力の増大」(対処戦略増強)です。つまり、患者の二重見当識を育成して症状の影響力を小さくし、生活面での好ましい変化を生み出す試みとなります。

3再発対策

薬物療法によって寛解状態に入っても、各種ストレスや服薬コンプライアンス不良などに伴う再発が起こりやすいといわれています。そのため、CBTは、「再発準備性の低下」「再発時の早めの受診行動の実現」「再発後の早期回復」などに関するニーズがあります。

4スキーマの変化への対応

寛解状態に入ったあとも幻覚・妄想状態の記憶が残り、人間観・世界観(スキーマ)が変化してさまざまな支障をきたすことがあります。例えば、「人間不信による孤立、生活の狭小化」「自分の認知・判断に関する自信を失い、代償的に強迫行為を行う」などがみられます。こうしたスキーマの変化への対応が、CBTに期待されています。

CBTの手順

CBTを行う際にはまずは心理教育を行い、病態・症状・治療に関する情報を身につけてもらうと良いでしょう。心理教育には、幻覚・妄想症状に関するパンフレット「正体不明の声」「日本版バーチャルハルシネーション」を用いる方法があります。CBTの内容としては、思考記録を用いての認知再構成法、患者の対処法のレパートリーを増やす対処戦略増強法、各種の行動実験などが代表的です。

CBTの具体的な内容・進め方の詳細に関しては、成書を参照されたい。

参考文献

デイヴィッド・G・キングドン、ダグラス・ターキングトン()、原田誠一():統合失調症の認知行動療法
原田誠一:精神療法の工夫と楽しみ
原田誠一:統合失調症の治療-理解・援助・予防の新たな視点