健忘失語(amnesic aphasia)






健忘失語(amnesic aphasia)

発話:流暢
復唱:良好
聴理解:良好


この類型は1898年ピトレによって初めて提唱された。

古典論には含まれない類型であるがその存在は広く認められている。

自発話は流暢であり、構音、プロソディ、文法いずれも正常であるが、名詞、特に物品名の想起が困難であるため、これらの語が「あれ」、「これ」、「こうして」といった語で置き換えられることが多く、内容的に乏しいものとなる。

また、語を想起しようとしてしばしば発話の中断が起こる。

言語認識や復唱は特に障害はない。

すなわち、喚語障害が本類型の最も特徴的な症状である。

物品の呼称は強く障害され、語性錯語(鉛筆→万年筆)、迂遠な言い回し(鉛筆→ほら、字を書く時に使うあれですよ)、身振りによって物品の用途、性情などを説明しようとする、などの症状を呈する。

喚語障害は名詞で最も強く、次いで形容詞、副詞と動詞の順となり、助詞、助動詞は障害されない。

書字言語は一般にはあまり障害されない。

しかし、ベンソンは重度の失書、失読を伴った健忘失語の存在を指摘している。

健忘失語は他の失語類型の回復過程においてしばしば出現する。

あるいは脳腫瘍やアルツハイマー型認知症のような進行性疾患の初発症状として生じる。

この意味でブラウンが最も表層における言語の解体として健忘失語を捉えているのは妥当である。

健忘失語は様々の領野の損傷で生じるため、損傷部位によって種々の症状が出現する。

大脳後方領域の損傷では、視野障害、観念運動失行、観念失行が出現する。

逆に、失語以外の症状は殆ど認められない症例も少なくない。

ゴールドシュタインは健忘失語を「抽象的態度の障害」として説明した。

色名を思い出せない健忘患者がいる。

患者は色彩の名称を忘れている訳ではない。

患者に毛糸を色彩によって分類させると、色相のカテゴリーに従って毛糸を分類することが出来ない。

同じ色相で濃淡の異なる毛糸を同一のカテゴリーに分類出来ない。

濃淡が異なれば別の色相として分類してしまう。

濃淡の違いを越えて抽象概念としての色彩の意味を認識することが出来ない。

そのため色彩の呼称も障害される。

現在、この考えを支持する研究者はいない。

ゲシュヴィンドは健忘失語の本態を視覚、聴覚などの感覚様相を超えて存在する物品対応語を見出すことの障害と考えた。

ペックらは健忘失語には基本的に喚語の障害はなく、類似した語の間の意味的違いの区別が不十分であることがその本質であるとしている。

語の想起が出来ないという時、①語そのものが失われている、②語は存在するがそれに適切にアクセスすることが出来ない、の二つの可能性がある。

後者についてはさらに、①レキシコン内で当該の語を検索する記憶走査の障害、②意味構造の変化、③意味と語の結合の障害、などの可能性がある。

すなわち、健忘失語は複数の機序によって生じうる。

ベンソンは健忘失語を物品名の喪失という意味で「失名詞」と呼び、①語表出性失名詞、②語選択性失名詞、③意味性失名詞、④範疇特異性および様相特異性失名詞を区別した。

このうち、①の類型に属するものとしては書字にのみ失名詞を示す例が知られている。

②はルリアが健忘失語の成立機序として重視している。

③の類型に属するものとして喚語困難のみならず、語の認識障害をも示す例が知られている。

④は通常失語とは異なる症状と考えられている。

この④の類型のうち、範疇特異性失名詞については、室内の家具、身体部位、特定の人名や固有名詞で呼ばれる建築物、無生物、果物、野菜、などに対する選択的呼称障害が報告されている。