認知症の病態と診断に必要な知識、治療方針について

認知症の病態について

認知症患者のケアは認知症の原因疾患により異なります。
また、対応の仕方はその重症度や本来の人柄・性別により異なるため、そのケアは詳細な病歴聴取から始まります。
原因疾患の主なものは、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症があり、それぞれの特徴を説明していきます。

アルツハイマー型認知症

アルツハイマー型認知症は認知症の約6割を占めます。
年齢とともに頻度が増え、85歳以上の高齢者の約半数が罹患していると言われています。
典型例では短期記憶障害、日時の失見当識、場所の失見当識の順に、ゆっくりと進行します。

レビー小体型認知症

レビー小体型認知症は認知症の約2割を占めますが、見逃されていることが多いといわれています。
レビー小体型認知症は、パーキンソン症状を伴い、症状はよいときと悪いときの差が大きく、ありありとした幻覚を訴えることが多いです。
また、抑うつ、不安、心気症状、レム睡眠行動異常も出てくることがあります。
他人の前では緊張しておとなしいため、周囲に病状を理解されにくい特徴があります。

脳血管性認知症

脳血管性認知症は認知症の約2割を占めます。
脳血管障害発症から3か月以内に認知障害を呈した例が主に該当します。
障害部位により症状が異なり、まだら認知症と言われています。
進行はしばしば急激で、多くは脳梗塞発作のたびに「階段状」に病状が悪化します。

前頭側頭型認知症

前頭側頭型認知症は、頻度は低いですが、若年性認知症の原因疾患として重要です。
侵された部位により症状が異なりますが、家族や周囲の出来事を意に介さない、周囲の人に気を使わない、仕事をしなくなり自身の変化や障害に対する病識が失われるといった特徴があります。

認知症の診断に必要な知識

詳細な病歴聴取から上記の診断がつけられることがあります。
発症が数日以内のように急な認知障害ではせん妄かどうかの鑑別が必要です。
また、reversible dementiaとよばれる脳腫瘍や慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症や甲状腺機能低下症などの治療可能な原因も、もの忘れ外来では約1割強存在するといわれています。
採血のような自院で可能な検査は初診時に実施しておくと良いでしょう。
歩行障害や言語障害、尿失禁などがある場合や病歴だけでは診断に自信がもてない場合は、CT、MRI、SPECTといった画像診断を依頼します。
また、うつ病の可能性は常に念頭においておきたいところです。

認知症の治療方針について

認知症に対するケアの方針

初診の患者であれば、患者やその介護者とよりよい関係をつくることがその後のケアに影響するので注意します。
また、認知症の症状については具体例を挙げて聞いていくと、より詳しく把握できます。
人柄については初回の診察では話を聞くのが難しいかもしれませんが、折に触れて、話題に出すと良いでしょう。
診察の前に、看護師に話を聞いておいてもらうのも1つの方法です。
認知症ケアの目的は、介護者に認知症という病気を理解してもらい、患者とその介護者との関係を保つです。
そのため、まず介護者に行うのは、認知症という疾患の説明です。
原因疾患がわかっていれば、それに合わせた説明をします。

認知症者の介護者への対応

以下には頻度の高い、アルツハイマー型認知症についての説明を例として提示します。
  1. アルツハイマー型認知症の進行を遅らせる可能性がある薬はあるが、元に戻すことはできず、症状は徐々に進行することを説明します。
  2. 患者本人が一番苦しんでいることを説明します。
  3. もの忘れなどの病気の症状を注意・叱責しすぎないようにし、患者に残されたよい部分にできるだけ目を向け、それを認めるよう指導します。
  4. 患者本人ができることはそのまましておき、できないことをさりげなく手助けするよう指導します。できないことを無理に訓練させてはならないと伝えます。
  5. 介護者だけで抱え込まないよう伝えます。

1.では、どのように進行していくのかという予後を説明しておきましょう。そうすることで今後、例えば食べられなくなってきたときに、胃瘻を造設するかどうかの相談がしやすくなります。
2.と4.では、もの忘れをすることで、患者自身は焦りや不安を感じていることが多いことを伝え、患者の気持ちを介護者に想像してもらうと良いでしょう。患者がもの忘れを否定したり、取り繕ったりするのは、周囲から注意や叱責を受けたくないという思いからの行動である可能性を説明します。患者自身はできないことが次第に増えてくるので、できないことを周りが手助けすることが大切であると伝えます。
5.では、認知症の症状の悪化やBPSD(behavioraland psychological symptomsof dementia:認知症に伴う行動と心理の症状)の予防には、患者と周囲との関係性や、本人の情緒が安定していることが重要であることを伝えます。認知症の患者には自分の思い通りに物事が運ばないという不安や焦燥感があります。
それは実は認知症という病気のためなのですが、患者は病気のためであると理解し納得することがなかなかできません。本質的な支援は、寂しさや不安、喪失感などを和らげてあげることです。
そのためには、介護者に気持ちの余裕があることが大切であり、1人で思い悩むよりも専門家や周囲の人の力を借りるよう伝えます。
徘徊、妄想、暴力などの困った症状も適切な対応や薬物療法で乗り切れることが多いため、早めに相談するよう勧めましょう。
その際、場合によっては、精神神経科の専門医に薬の調整を依頼することもあると説明しておくと、今後、その必要性が生じたときにスムーズな対応が可能です。
また、介護者が患者のことを理屈では理解していても、実生活で何度も同じことを尋ねられたら、嫌になるのは当然です。
患者の次につらい立場にある介護者にもサポートが必要です。
介護保険の説明と介護サービスの提案を同時に行い、主治医以外にも、ケアマネジャーという相談役をみつけておくことを勧めます。
このように、認知症患者のケアはそれぞれの患者やその介護者に合わせた個別的なものです。患者とその介護者からよく話を聞き、その患者に合わせたケアを一緒に考えていくという姿勢が大切です。
その際、医師1人では限界があるため、看護師やケアマネジャーらの力を借りて、チームでケアに当たるようにしていくと良いでしょう。

在宅患者の誤嚥性肺炎予防(誤嚥しやすい患者のケア)について

肺炎は日本人の死因の3位でその90%あまりが65歳以上です。
オスラーが「肺炎は老人の友」と述べましたが、状況は今現在でも変わっていません。
特に50歳以後に誤嚥性肺炎の割合が増え、70歳以上では80%を超えるという報告もあります。
誤嚥対策は高齢者の生活の質の維持に寄与するため重要となります。

◆病態と診断

誤嚥性肺炎の病態

誤嚥は、
①食事中の食物誤嚥
②食後などの胃液逆流や嘔吐に伴う誤嚥
③夜間などの咳込みを伴わない不顕性誤嚥
に大別されます。

誤嚥性肺炎のリスク評価

意識が清明で、ムセずに水が飲むことができ、食後に呼吸や声の変化がなければ誤嚥のリスクは低いです。
高齢・脳血管障害・認知症・意識障害、呼吸不全や繰り返す発熱および鎮静薬や睡眠薬のほかさまざまな薬剤使用がリスクになります。
高齢者は、入院などの環境変化や短期間の絶食で嚥下機能が低下することがあります。
認知症のなかでもレビー小体型や脳血管障害型患者は早期から誤嚥をきたしやすいため注意が必要です。
客観的評価は、反復唾液嚥下テスト、改訂水飲みテスト、頸部聴診などがベッドサイドで実施できます。
嚥下内視鏡は、医師や歯科医師の訪問により、在宅でも可能ですが、嚥下造影検査は、設備とスタッフが必要なので病院で実施する必要があります。

◆誤嚥性肺炎の予防策

摂食機能の保持と誤嚥の予防および誤嚥したときに備えて口腔環境を整える口腔ケアです。
①食事中の誤嚥予防:意識状態の改善・咽頭を冷却するアイスマッサージ・調理形態の工夫・嚥下を促す声かけなどによるペーシングや一口量の調整・咽頭の知覚を高めるカプサイシンやACE阻害薬などの薬剤使用などがあります。
黒胡椒アロマの使用や「パタカラ」などの口腔体操も有効です。
片麻痺や解剖学的欠損などがあれば舌接触補助床などの補綴装置が有効なことがあり、歯科医との連携が望まれます。
②胃液逆流・嘔吐対策:胃液逆流や嘔吐は姿勢や摂食量、腸管運動の低下に関係し、経管栄養で発生しやすいです。
対策は食事量の調整、食後1時間は頭部挙上姿勢を保持する、腸管蠕動を改善する薬剤の使用などで、経管栄養の場合は半固形化も効果があります。
③絶食や経管栄養でも唾液や逆流した胃液を誤嚥する不顕性誤嚥は高リスクですが、時として評価が困難となります。
肺炎への進展を予防するために夜間も頭部挙上位を保って胃液逆流を防ぐことや、適切な口腔ケアが大切です。
④食事・口腔ケアにかかわる家族を含む介護者全員に一定レベルのスキルが求められ、日常から介護の標準化など多職種の良好な連携を確立しておくと良いでしょう。
⑤肺炎双球菌性肺炎およびインフルエンザおよびその後の肺炎予防にそれぞれのワクチン接種が勧められます。
⑥栄養状態が予後に影響するので、日常から良好な栄養状態の保持が望まれる。肺炎発症時でも漫然と絶食を続けることは予後を悪くする可能性があります。
⑦嚥下障害がある患者でも好物の食べ物はむせずに快食することがあるので、個別的な臨機応変の対応が求められます。
誤嚥のリスクを完全に除くことはできません。
また、高齢者にとっては、食事が日々の楽しみに一つになります。
食事制限をするときは本人の意向を尊重した終末期QOLの観点も勘案することが重要となります。

在宅口腔ケアの重要性について解説

在宅療養者や病院・施設に入院・入所している多くの高齢者は、ADL(日常生活動作)の低下や障害のために、口腔清掃状態が悪化し、口腔機能が低下している方が多い。
口腔ケアは単に口腔清掃(器質的口腔ケア)をするのみではなく、口腔機能の維持・回復(機能的口腔ケア)をも提供するもので、口腔疾患のみならずさまざまな全身疾患を予防しQOLの維持につながります。
「食事を美味しく食べる」という人間としての根源的要求を叶えるためにも、生活環境、介護度、疾病の有無、残存歯の有無などを問わず、すべての療養者に口腔ケアは提供されなければなりません。

口腔ケア実施者について

在宅の現場では口腔ケアにかかわる職種は多く、医師、歯科医師、歯科衛生士、訪問看護師、訪問薬剤師、訪問管理栄養士、介護職、リハビリ職、介護支援専門員、などが挙げられます。
療養者本人、療養者を支える家族を加え、絶えず新しい情報を交換・共有しながら、身体の状態に応じた正しい口腔ケアを多職種で協働して提供することが大切です。

口腔ケアの実際

口腔清掃(器質的口腔ケア)について

口腔内の食物残渣、感染源となるデンタルプラーク(細菌)は含嗽やブラッシングなどで除去しなくてはなりません。
可能な範囲で療養者本人(セルフケア)に行ってもらいますが、ADLの低下、手技不良のため、除去しきれず残留していることも少なくありません。
そのため、家族や介護職によるブラッシングの介助は必須となります。
定期的に歯科医、歯科衛生士が専門的な口腔ケアを行い、介助者は適切な清掃法の指導を受けながら日常の口腔清掃を継続実施することが求められます。

口腔機能回復(機能的口腔ケア)について

口腔機能の低下は、低栄養、脱水、誤嚥、窒息、食べる楽しみの喪失などを引き起こしADL、QOLに多大な影響を及ぼします。
在宅では、反復唾液嚥下テスト(RSST)や改訂水飲みテスト(MWST)などで、口腔機能を評価し、可能であればプランに基づき、食物を用いない間接訓練や食物を用いた直接訓練を行います。
間接訓練には、のどのアイスマッサージや、頭部挙上訓練、唾液腺マッサージ、呼吸(咳嗽)訓練などがあります。
直接訓練は療養者本人の意向を尊重し、体位や食形態を工夫して誤嚥の防止を図りながら安全に行います。
訓練を行うに当たっては、医師や言語聴覚士、嚥下認定ナースなどに訓練プランを立ててもらうとよいでしょう。
在宅では家族とともに楽しみながら行えるケアが継続性も高く効果が上がります。
口腔清掃と口腔機能回復訓練の両者を最大限活用することは誤嚥性肺炎の予防に有効です。
しかし、療養者やその家族の協力が必要で、認知症や精神障害を有する場合実施困難となることもあります。

在宅口腔ケアの課題

多くの在宅療養者、家族、介護職は正しい口腔ケア法の指導を専門職から受ける機会がほとんどありません。
口腔の状況が悪化しやすく、悪化しても気づくことなく見過ごされてしまいます。
口腔疾患の進行や摂食嚥下機能低下、誤嚥性肺炎発症など多くのリスクを招いているのが現状です。
そのため、在宅訪問歯科診療制度などを活用して在宅口腔ケアを利用することが望まれます。

褥瘡の病態や評価・治療方針について解説!

病態と評価について

病態

褥瘡とは、「圧迫、ずれや剪断力などの外力の持続による局所の循環不全の結果、不可逆的な阻血性障害により生じる皮膚や皮下組織の損傷」のことをいいます。
発生や悪化には、局所的要因、全身的要因、社会的要因など複雑に関与します。

評価

評価は、視診、触診で総合的に行います。
好発部位は、骨突出部や圧がかかる部位です。(仙骨部、坐骨部、踵部、大転子部、背部、頭部など)
皮膚の色調変化、消退しない発赤などは褥瘡を疑って皮膚の観察を行います。
褥瘡発生後から1~3週間は、局所状態が不安定であり、重症度など病態の判断が困難となります。
経過とともに進行することを想定し、こまめな創部の観察を行います。
鑑別診断は、反応性充血、末梢動脈疾患、皮膚悪性腫瘍による潰瘍、接触性皮膚炎、膠原病による皮膚潰瘍、真菌症などで、これらを除外する必要があります。
重症度および経過の評価には各種評価ツールがあります。
深さ、浸出液の量、大きさ、炎症/感染の有無、肉芽組織の形成、壊死組織、ポケットの有無などから評価します(DESIGN-R、日本褥瘡学会、2008)。

治療方針について


褥瘡は、予防、治療ともに、褥瘡発生危険因子の評価、危険要因の除去が基本となります。
危険因子の評価には、ブレーデンスケール(「知覚の認知」、「湿潤」、「活動性」、「可動性」、「栄養状態」、「摩擦とずれ」の6項目をスコア化)などが用いられます。

予防

体位変換

自力体位変換能力がない場合、基本的には2時間ごとの体位変換が推奨されています。

体圧分散寝具

自力体位変換能力の有無を基に体圧分散寝具の素材を選択します。自力体位変換能力がある場合は可動性を妨げないことを優先します。
自力体位変換能力がない場合は体圧分散を優先します。
適宜アセスメントを行い、状況に応じて寝具を変更していきましょう。

坐位での体圧分散用具

坐位を保持できるようにウレタンクッションを用います。
坐位姿勢に問題がある、あるいは坐位がとれない場合には、車いすの変更やエア、ジェルクッションを使用すると良いでしょう。
リング型あるいはドーナツ型円座は底付きの原因となるため使用しないようにしましょう。

スキンケア

皮膚の浸軟の原因となる発汗に対して除湿シーツを使用する、オムツの重ねあてをしないなど、通気性をよくします。
尿失禁、便失禁による皮膚障害には、皮膚保護剤などで対応します。

栄養管理

 低栄養は、褥瘡発生のリスクであり、創傷治癒遅延の原因となるため、蛋白、アミノ酸、ビタミン、亜鉛などの栄養素の補給を行うと良いでしょう。

治療について

 褥瘡の治療は、ずれや圧、骨突出など危険要因の除去が最優先されます((A)予防参照)。局所管理では、TIME理論に基づき、①壊死組織(T)、②感染・炎症(I)、③湿潤(M)、④創縁(ポケット)(E)、の創傷治癒を阻害する要因の除外が目標となります。

保存的治療

浅い褥瘡(真皮まで、皮下組織に達しない)
ハイドロコロイドなどの創傷被覆材や軟膏で湿潤環境を保つようにします。
深い褥瘡(真皮を超え、皮下組織に達する)
褥瘡に感染や炎症を認める場合、感染抑制作用のある薬剤(ヨウ素軟膏、スルファジアジン銀)を使用します。
感染が全身に波及している場合、全身管理および局所管理を併せて行います。
感染や壊死組織の除去後にはbFGF(フィブラストスプレー)など肉芽形成を促進する薬剤や被覆材を選択します。
広範なポケットの縮小、浸出液の管理、肉芽形成促進のため局所陰圧閉鎖療法も有用です。

外科的治療

膿汁、汚臭あるいは骨髄炎など明らかな組織感染を認める場合、外科的デブリードマンを行います。
保存的治療に抵抗性のポケットに対しては、ポケット切開術を考慮します。
また、感染の沈静化、創の縮小の目的に植皮術も考慮されます。
皮弁による再建術の適応は、患者のADL、全身状態、栄養状態、局所の状態、予後などを総合的に判断するようにします。

患者教育

予防、治療、再発予防のため、生活習慣、環境の整備を含めて患者および家族への指導が重要です。

専門医へのコンサルト

保存的治療を継続し2週間しても改善しない場合には処置の変更とともに、専門医へのコンサルトを行うようにします。
局所の感染徴候、熱発など感染の悪化を認めた場合にはすみやかに専門医へコンサルトしましょう。

看護・介護のポイント

褥瘡の予防、治療、再発予防のいずれにおいても危険因子の把握と体位変換、スキンケアなど愛護的なケアが重要となります。

文献

・日本褥瘡学会 編:褥瘡予防・管理ガイドライン(第4版) 褥瘡会誌 17:487−557、2015
・真田弘美、他 監訳:褥瘡の予防&治療クイックリファレンスガイド(第2版) 2014

入浴による循環動態への影響と変動が少ない入浴方法について解説!

はじめに

入浴は日本人の文化として深く根付いているため、入浴のケアでは、正しい知識をもち、生活に医療が無用な制限をかけないようにすることが重要になります。
入浴の効果としては、皮膚を清潔に保つ、末梢循環の促進により新陳代謝を活性化する、適度な温熱刺激は心身の緊張を緩和し、鎮静をもたらすこと等が知られています。
一方で他国と比較し、日本の冬期の高齢者を中心とした入浴にまつわる死亡は多いことが知られています。
死因は溺死をはじめとして、心疾患や脳疾患と診断されていることが多いようです。

入浴による循環動態への影響について

入浴は、自律神経・発汗・静水圧により循環動態に作用をします。
自律神経の働きとしては、入浴前および入浴直後は交感神経が働き、血圧が上昇します。
その一方、入浴中は副交感神経が働き、血圧が低下します。
長時間の入浴により発汗し、循環血液量が低下します。
また、静水圧のため循環血液量が増加し、心負荷が増大します。
横隔膜までと比べ、首まで浸かった場合は、胸郭の動きも制限されることによって、より心負荷が増大し、呼吸機能にも影響します。

循環動態の変動が少ない入浴の方法

入浴にまつわる事故を防止するために、高齢者や心疾患・呼吸器疾患のある患者に対しては、循環動態の変動が少ない入浴の方法を検討することが必要となり、以下のような対策が有効となります。
1)部屋を温める。
2)39℃程度のお湯で5分程度の入浴。
3)食直後や深夜に入浴しない。
4)高齢者や心疾患・呼吸器疾患患者は、横隔膜までの入浴。
5)入浴に比べてシャワー浴のほうが、循環動態に変動が少ない。

ケアにまつわる入浴の話題

発熱時に入浴を控える明確な根拠はありません。

発熱時に入浴を控えるのは日本固有の習慣である。これは、昔はお風呂が屋外にあり、屋内との気温差があったためではないかといわれている。欧米ではむしろ発熱時にはぬるめの湯に入浴させる習慣があります。

高血圧で入浴を制限する根拠となる研究はありません。

血圧の高低よりも、血圧の変動が入浴にまつわる事故にかかわっているため、循環動態の変動が少ない入浴方法を検討するべきです。

術後は48時間以降で入浴許可可能といわれています。

CDCガイドラインには術後48時間以降の入浴やシャワーが治療を阻害しているかどうかは明らかではないと書かれています。また、NICEガイドラインには術後48時間でシャワーを安全に行うよう患者にアドバイスをしてよいと書かれています。

参考文献

・高橋龍太郎:ヒートショック対策。診断と治療 98:2035−2038、2010
・深井喜代子:ケア技術のエビデンス。pp65−76、へるす出版、2006
・奥田泰子、他:入浴とシャワー浴における高齢者と若年者の循環と体温への影響。日看会誌 14:2−13、2005

尿失禁のタイプごとの排泄ケアや対応方法について解説!


高齢者に最も多く認められる排泄障害は、尿失禁です。
尿失禁は、患者に苦痛を与え、生活範囲を縮小し、生活の質を低下させるため、適切なケアが重要となります。

高齢者の尿失禁のタイプについて

高齢者の尿失禁には、尿路感染症、精神疾患などによる一過性尿失禁と、4タイプに分類される慢性尿失禁(機能性、腹圧性、切迫性、溢流性)があります。
一過性尿失禁は、原因を取り除くことで、改善が得られることが多いです。
慢性尿失禁は、タイプが重複することが多いため、苦痛を与えているタイプを把握し、泌尿器科医、かかりつけ医、看護師、介護者がチームとして対応することが重要となります。

排泄ケアの方法について

尿失禁を減少させるケア

機能性尿失禁

認知症患者における機能性尿失禁のケアでは、排尿自覚刺激行動療法が有効といわれています。
排尿自覚刺激行動療法は、介護者が患者の尿意や失禁の有無を定期的に確認(介入初期は2時間ごと)し、排尿の意思に応じてトイレに誘導します。
さらに問題なく排尿できた場合は賞賛するというもので、能力の再獲得を目的に行われます。
身体能力の低下に伴う機能性尿失禁に対しては、トイレに行きやすい場所での生活、ポータブル便器および尿器の使用、衣類の工夫(脱衣しやすい衣類など)を検討します。

腹圧性尿失禁

腹圧性尿失禁がある方には、骨盤底筋運動が有効といわれています。
肛門に軽く指を添え、肛門が収縮していることを確認できれば、骨盤底筋運動を正しく実施できている確認になります。

切迫性尿失禁

切迫性尿失禁の方へは、排尿日誌に、自立排泄と失禁を記録し、状況に合わせた排尿介助(一定の時間にトイレに誘導すること)を行います。
膀胱訓練(尿意を感じても気を紛らわせ、排尿間隔を延ばすこと)が有効なこともあります。

溢流性尿失禁

溢流性尿失禁は、前立腺肥大症や神経因性膀胱による尿排出障害が原因となります。
そのため、泌尿器科専門医へのコンサルタントが必要です。
溢流性尿失禁を疑う所見として、膀胱内尿貯留に伴う下腹部膨満が挙げられます。

尿失禁への適切な対応

環境の整備

患者の尿意、伝達能力を把握し、言葉による意思疎通が困難な場合は、ナースコールや鈴などを用いた伝達方法を試し、介護者による排尿ケアの潤滑化を目指します。

医療用具による排尿ケア

改善が認められない失禁に対しては、パッド、おむつなどの医療用具の使用や、間欠的導尿、尿道カテーテル、あるいは膀胱瘻による排尿管理が行われます。
パッド、おむつは、汚れたらすみやかに交換し、陰部清拭し、肌を乾かすことが勧められます。
間欠的導尿は、患者自身が導尿を行いますが、介護者も操作の理解は必要です。

排泄ケアの看護・介護のポイント

パッド、おむつの早期からの使用は、患者の意欲低下をきたす可能性があり、まずは尿失禁を減少させるケアを優先することが望ましいと言えます。

参考文献

・Flanagan L、et al:Systematic review of care intervention studies for the management of incontinence and promotion of continence in older people in care homes with urinary incontinence as the primary focus(1966-2010)。Geriatr Gerontol Int 12:600−611、2012
・Qaseem A、et al:Nonsurgical management of urinary incontinence in women:a clinical practice guideline from the American College of Physicians。Ann Intern Med 161:429−440、2014

ことばの発達を促す「ことばかけ」の方法「ミラリング」「モニタリング」「パラレルトーク」「セルフトーク」「リフレクション」「エキスパンション」について言語聴覚士が解説!

赤ちゃんの動きをまねる「ミラリング」


生後2ヶ月くらいまでは、赤ちゃんは、身体を大きくすることに懸命ですが、3ヶ月、4ヶ月以降は、自分で身体を動かせるようになってきます。
目もだいぶ上手に使えるようになってきます。
赤ちゃんが手足をバタバタさせたら、大人も真似て手をパタパタさせてみたり、まねをしてあげると良いです。
おすわりができるようになったら、ベッドのさくをガタガタさせるのを一緒に真似て遊んだり、積み木をトントン打ち合わせるのを真似てみたり、いろんなことができます。
赤ちゃんは、自分と同じ動きをしてくれる大人に、興味をもち、「この次も、また真似をしてくれるかな?」と大人の様子を観察しながら、誘いをかけてきたりします。
鏡に映すように真似るという意味で「ミラリング」といいます。

赤ちゃんの出す声や音をまねる「モニタリング」


赤ちゃんはごきげんなときに、唇を使って「ブーブー」「ブーブー」と言ったり、「フニャー、ウニャー」と声を出したりします。
こういう意味のない(と大人にはみえる)声を真似して返してあげることで、赤ちゃんは「音を出すこと」「音を出すと、あっちから同じ音が返ってくること」を楽しむようになり、話をする楽しさを知るようになっていきます。
このことを、音を拾ってモニターする意味で、「モニタリング」いいます。

赤ちゃんの状態や気持ちを代わりにことばで言ってあげる「パラレルトーク」


赤ちゃんが、おやつを食べながら幸せそうな顔になったら、「おいしいね」といい、ミルクがこぼれてエプロンがびしょびしょになったら、「あら、びしょびしょになっちゃったね」などと言います。
どこかにゴチンとぶつけたら「痛くない!」ではなく「イタイ、イタイね」などと言ってあげましょう。
そういった言葉かけを行うことで、大人はボク(ワタシ)のことを「よく分かってくれているんだな」という安心感が、子どもの一生を支える宝物になります。
子ども平行していうので、「パラレルトーク」といいます。

お父さんお母さんが自分の口に出していう「セルフトーク」


お風呂に入ろうとしている時にバスタオルが見つからない。「あれ?バスタオルどこだろう?」
怪訝そうな顔をしてみているこどもに「バスタオルを探しているんだよ」
そして「あった、あった」「さあ、お風呂にはいろう!」
こんなふうに自分の行動を口に出していうことを「セルフトーク」といいます。
赤ちゃんや子どもは大人の姿をみて、だんだんに「バスタオル」や「探す」といったことばの意味を知るようになっていきます。

子どもが間違えた言葉をさり気なく直して返す「リフレクション」


子:「あ、うたぎたん!」
親:「ほんどだ、うさぎさんだね」
子:「うたぎさん、お耳、おっちいねぇ」
親:「ほんとだね、うさぎさんの耳、おおきいねぇ」
子どもが言った言葉に間違いがあってもm言い直しをさせたり、訂正するのではなく、さりげなく正しく直して返してあげるようにしましょう。
これを「リフレクション」といいます。
「そうね」「ほんとだ」で始まる文章で返しましょう。
カラスのことを「たあちゅ」っていう子がいます。
「たあちゅじゃないの、か・ら・す!いってごらん!」
なんて言われ続けたら、お話をするのを嫌いな子になってしまうかもしれません。
子どもがおぼつかない口調で一生懸命に話してくれることは、なるべく「そうだね」「ほんとだね」という受け方で答えます。
「そうだね」(あなたは、あの、黒い鳥のことを言ったのね、という気持ちで)いったん受け止めてから、正しいことば「カラスだね」とさりげなく直してあげる程度が良いでしょう。

子どもが言った言葉を少し広げて返す「エクスパンション」


子:「うわー、おおっきいブーブ」
親:「ほんどだ、大きいブーブだね。何を積んでるんだろうね。」
という具合に、話題を少しふくらませて返すことを「エクスパンション」といいます。
単語を並べて(2語文、3語文)、比較的達者にお話ができるようになると、こういった関わりが大切になってきます。

ゆっくり、はっきり、繰り返し話してあげましょう!

赤ちゃんや小さい子の耳の聞き取りの力はまだ未熟です。
ご国語を習い始めた時と同じです。
相手がゆっくり、はっきり話してくれると、よくわかります。
赤ちゃんに対しても、普通の大人に対して話すよりも、心持ちゆっくりめに、はっきりと話してあげましょう。
一番大切なことは、大人が何かを教えようという気負いを捨てて、赤ちゃんがどんな気持ちでいるのかを知ろう、まだ「ことば」にはならない色々なしぐさを読み取ろう、とあの手この手で観察することです。
赤ちゃんのことを細かく観察しているうちに、きっと、赤ちゃんと一緒にいることを楽しめるようになるでしょう。

「ことばかけ」は日頃の生活の中の自然な関わりで十分


お母さんたちに「何について話しかければいいですか?」と真剣に尋ねられることがあります。
何か特別なことをしようと思わなくても、日頃の生活の中で自然にやっていれば十分です。
日頃の生活の中で、今回、ご紹介した「ミラリング」「モニタリング」「パラレルトーク」「セルフトーク」「リフレクション」「エキスパンション」を取り入れながら、子育てを楽しみながら子どもと接していきましょう!

誤嚥性肺炎の予防と栄養管理などのケアについて言語聴覚士が解説!


今回は、高齢者においてよくみられる誤嚥性肺炎の予防と栄養管理などのケアについて説明していきたいと思います。

誤嚥性肺炎の病態と評価・診断方法

病態について

高齢者では、認知症の進行や摂食嚥下機能の低下、全身機能の低下などにより誤嚥性肺炎を発症することがあります。
発熱や炎症を伴う誤嚥性肺炎を繰り返すと、栄養状態の悪化やADLの低下をきたすため、まずは誤嚥性肺炎を繰り返さないための予防が大切となります。
そのためには口腔内を清潔に保つことに加え、摂食・嚥下機能の評価と食事の工夫を含めた栄養管理が重要となります。

摂食・嚥下機能の評価について

検査結果は藤島の摂食、嚥下能力グレードや、才藤の摂食・嚥下障害の重症度分類などで段階分けをします。

栄養管理について

摂食・嚥下グレードに準じて、嚥下食や嚥下訓練食など食事の工夫が必要となってきます。
嚥下調整食の分類については、日本摂食・嚥下リハビリテーション学会「嚥下調整食分類2013」を参照すると良いでしょう。
「嚥下調整食分類2013」はこちらからPDFファイルで開くことができます↓
嚥下機能が正常でも、十分な栄養量を確保できない場合は、メイバランスミニなどの栄養補助食品などで補充する必要があります。
また、食事量が十分でない場合には、Na・Kなどのミネラルや亜鉛・鉄などの微量元素が不足するので注意する必要があります。

誤嚥性肺炎の治療方針

嚥下機能評価の結果、少しでも経口摂取が可能な場合は経口摂取を継続することが望ましいのですが、重症の嚥下機能障害がある場合は経口摂取継続による誤嚥性肺炎再燃のリスクもあるため、患者や家族に対しては十分に説明を行い、相談していく必要があります。
また、経口摂取のみで十分な栄養補給が難しい場合には、ほかの栄養ルートについての検討が必要となります。
十分な栄養量が確保できない期間が長期化することで栄養状態とADLの低下をきたし、その後の治療に難渋する場合があるため、食事摂取状況を観察し栄養障害をきたす前に判断することが望まれます。

経口摂取のみで栄養補給可能な場合の対応方法について

通常の食事、または誤嚥が認められた食品について検討すれば3食経口摂取が可能なことが多いです。
高齢者の多くが誤嚥しやすい水分に関しては、増粘剤で粘度をつけることで改善される場合が多いですが、その場合には増粘剤の適正使用について十分に指導する必要があります。

経口と代替栄養が必要な場合の対応方法について

3食経口摂取が可能でも、代替栄養が必要な場合には、栄養補助食品を併用し必要栄養量が充足できるように栄養プランを作成する必要があります。
栄養補助食品には、液体・ゼリー状・ムース状などさまざまな形態があります。
また、味の種類もおかず系のものやデザート系のものなど種類が多くあるので、何種類かを組み合わせて使用することで飽きずに継続することができるため工夫すると良いでしょう。
一部経口摂取が可能・お楽しみとしての摂取が可能な場合は、栄養補助食品の併用だけでは必要栄養量を充足することが難しいため、経口摂取以外の栄養ルートの検討が必要となります。

経口不可な場合の対応方法について

経口摂取以外での栄養ルートを検討する必要があります。
基本的には消化管を使用することが第1選択になるが、高齢者の場合は倫理的適応も含めて本人・家族と十分に相談する必要があります。
また、重度の嚥下機能障害や認知症がある場合でも、身体機能の回復や栄養状態の改善により経口摂取可能になる場合もあるため、変化を見逃さない日頃の観察が大切です。

経腸栄養

経鼻胃チューブ・経鼻十二指腸チューブ・経鼻腸チューブ
鼻から胃、空腸にチューブを入れ非侵襲的に栄養投与できるため短期間の栄養法として適しています。チューブの違和感があり、誤嚥性肺炎のリスクが高まるため長期間使用する場合には適しません。
胃瘻・腸瘻
チューブによる違和感や苦痛がないため、長期の経腸栄養法として適しています。瘻孔周囲の栄養漏れが起こる場合がありますが、半固形栄養剤の選択により改善される場合が多いです。

経静脈栄養

末梢静脈
必要栄養量を投与することが難しいため、栄養障害の改善には適しません。短期間の栄養管理において選択すべき方法です。
中心静脈
2週間以上の長期間での使用に適しています。適応については日本静脈経腸栄養学会が作成した「静脈経腸栄養ガイドライン第3版」を参照すると良いでしょう。
「静脈経腸栄養ガイドライン第3版」は下記のリンクからPDFファイルを開くことができます↓
低栄養状態にある高齢者に経腸栄養法や静脈栄養法を開始する場合には、早期の合併症としてリフィーディング症候群を発症する可能性を必ず念頭におき、栄養投与量の増量中は呼吸機能、心機能、神経症状(脱力、意識障害、痙攣など)などについて厳格なモニタリングを行います。
同時に、ビタミンB1 や亜鉛欠乏症にも注意を要します。
発症予防には、初期投与エネルギー量の制限と緩徐な増量、適切なビタミンとミネラル類の補給が大切です。

きょうだいげんかの理由や意味について言語聴覚士が解説!

大人からの注目


すでに子どもがいる家庭に、またひとり子どもが生まれると、きょうだいという関係が生じる。
このきょうだいの出現は、まったく自然なことなのだが、当の子どもたちにとっては非常に大きな生活環境の変化である。
家庭のなかでの最初の子どもは、多くの場合、両親やその他の家族の注目を一身に浴びながら育つ。
ここでいう注目とは、視線を向けること、声をかけること、笑顔を向けること、指示すること、叱ることなど、子どもにあらゆる種類の信号が送られることを指す。
注目を受けることは、人間にとって行動の原動力となる。
新たな料理に挑戦して、「おいしかったよ」「新しいレパートリーが増えたね」などと言われると、この料理をまた作ってみようと、さらに新たな料理に挑戦しようという気になる。
仮に、「いまひとつ、おいしくないな」と言われても、それはそれで、今度はもっとうまく作ろうとか、残念だったけど次はもう少し工夫してみようなどと思うものである。
しかし、まったく何の反応も得られないと、新しい料理に挑戦しようといった意欲がそがれていってしまう。
乳幼児期は、大人に比べて、よい子でいたい、よい子であることを認めてもらいたい、あるいはいろいろなものごとが“できる"ことを認めてもらいたいという素朴な気持ちを持ち、またそれを素直に表出できる時期である。
幼児の生活には、周囲の大人が与える注目が、より大きな影響を及ぼしているのである。
きょうだいが生まれると、周囲の大人から与えられる注目が激減する。
大人の注目はより小さい子どもに向けられることが多いので、注目の減少は、半減以上のものがある。
そのため、きょうだいが生まれることは、それだけで子どもにとっては大きなストレッサーをかかえることになるのである。
このようなときに子どもは、赤ちゃん返りをしてより幼い時期に特徴的な行動をしたり、不適切な行動をして親や周囲の大人の注目を取り戻そうとさまざまな努力をする。

自己主張と譲歩


きょうだいが生まれてしばらくたつと、きょうだい間での争いが生じることがある。
子どもは2~4歳頃に第一反抗期を迎え、親の意図とは別個に自らの意図を主張したり自ら物事を決断したいということを主張するようになる。
これが自我の芽生えと呼ばれるものだが、年上の方の子どもがこの段階に達すると、周囲の大人はある程度自分の意図にあわせて調整してくれるのに、そのような調整ができない年下の子どもや近い年齢の子どもは年上の子どもの意図にあわせて調整してくれない。
そのため、年上の子どもと年下の子どもとの間での争いが生じ始めるようになるのである。
やがて、年下の子どもも第一反抗期に達して自己主張を始めるようになると、年上の子どもと年下の子どもの間の争いはさらに頻度が増す。
それは、双方が、自分の意図を行動や言葉で主張できるようになってきたのに、それを調整する能力がまだ十分に育っていないためである。
子どもが、他者との間での意図の違いをある程度の譲歩でもって調整できるようになるのは、自我が芽生えて自己主張を始める時期よりも遅れ、また、幼児は、目の前の物や事態に左右され、先々の展開を予測して今現在の欲求を抑える能力がまだ不十分である。
そのような理由から、目前の物や出来事をめぐって争いが生じることが多いのである。
このような自己調整能力は、幼児期から児童期にかけてゆっくりと発達し、また非常に個人差の大きな領域でもあるため、きょうだいげんかは、乳幼児期に発生し、児童期ぐらいまでの間にずっとみられる現象となる。

タテの関係


親子間の関係や保育者や教師と子どもとの間の関係は、自己調整能力に圧倒的な差があり、一般にタテの関係と呼ばれる。
幼児期から児童期にかけてのタテの関係のなかでは、親や保育者または教師などの子どもの周りの大人が、子どもの欲求を受け入れたり、あるいは子どもがうまく調整していけるようにリードしていく。
一方、同年齢の学級集団や年齢の近いきょうだいの関係は、若干の能力差のなかではぼ対等に渡り合うヨコの社会である。
近年の子どもたちは、かつてギャング集団と呼ばれたような異年齢集団で過ごす経験が減っているようであるが、このようなタテの関係を体験できる機会を意図的に企画することが必要な時代になったのかもしれない。
子供たちは、タテの関係のなかで、葛藤や争いを調整していく能力が、実践のなかではぐくまれていくのである。
大人は、子どもたちが体験する、きょうだいや同級生たちとの間での葛藤や争いを、ときには見守り、ときには双方の主張を代弁したり整理したりし、あるいは解決のためのヒントを提供したり上手な解決法のお手本を示してあげたりしながら、子どもたちの自己調整能力の発達を促すと良い。
その際に、我慢したり譲歩したりする子どもの精神的な努力を誉めて導いてあげることが非常に大切である。
このような教育的介入の方法のひとつとして、社会的スキル指導(SST)があげられる。