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Showing posts with the label 発達心理学

きょうだいげんかの理由や意味について言語聴覚士が解説!

大人からの注目 すでに子どもがいる家庭に、またひとり子どもが生まれると、きょうだいという関係が生じる。 このきょうだいの出現は、まったく自然なことなのだが、当の子どもたちにとっては非常に大きな生活環境の変化である。 家庭のなかでの最初の子どもは、多くの場合、両親やその他の家族の注目を一身に浴びながら育つ。 ここでいう注目とは、視線を向けること、声をかけること、笑顔を向けること、指示すること、叱ることなど、子どもにあらゆる種類の信号が送られることを指す。 注目を受けることは、人間にとって行動の原動力となる。 新たな料理に挑戦して、「おいしかったよ」「新しいレパートリーが増えたね」などと言われると、この料理をまた作ってみようと、さらに新たな料理に挑戦しようという気になる。 仮に、「いまひとつ、おいしくないな」と言われても、それはそれで、今度はもっとうまく作ろうとか、残念だったけど次はもう少し工夫してみようなどと思うものである。 しかし、まったく何の反応も得られないと、新しい料理に挑戦しようといった意欲がそがれていってしまう。 乳幼児期は、大人に比べて、よい子でいたい、よい子であることを認めてもらいたい、あるいはいろいろなものごとが“できる"ことを認めてもらいたいという素朴な気持ちを持ち、またそれを素直に表出できる時期である。 幼児の生活には、周囲の大人が与える注目が、より大きな影響を及ぼしているのである。 きょうだいが生まれると、周囲の大人から与えられる注目が激減する。 大人の注目はより小さい子どもに向けられることが多いので、注目の減少は、半減以上のものがある。 そのため、きょうだいが生まれることは、それだけで子どもにとっては大きなストレッサーをかかえることになるのである。 このようなときに子どもは、赤ちゃん返りをしてより幼い時期に特徴的な行動をしたり、不適切な行動をして親や周囲の大人の注目を取り戻そうとさまざまな努力をする。 自己主張と譲歩 きょうだいが生まれてしばらくたつと、きょうだい間での争いが生じることがある。 子どもは2~4歳頃に第一反抗期を迎え、親の意図とは別個に自らの意図を主張したり自ら物事を決断したいということを主張するようになる。 これが自我の芽生えと呼...

乳児期前期に毛布などを好きになるのはなぜ?移行対象とは?

乳児院や養護施設などでは、子どもが、汚れてにおい立つような毛布やタオルケットを常に持ち歩く姿がまれに見受けられる。なぜ、毛布なのだろうか? この問いに対しては、ハーロウによるアカゲザルの赤ちゃんによる実験がヒントを与えてくれる。 愛着を抱かせる刺激 ハーロウは、生後すぐにアカゲザルを母親から引き離し、母親の代わりに2種類の代理母親のもとで生活させた。代理母親の一方は、むき出しの針金でできており(ハードマザー)、もう一方は針金の上をやわらかい布で覆われた構造になっていた(ソフトマザー)。 8頭の生まれたてのアカゲザルを1匹ずつ檻に入れ、その檻のなかにはハードマザーとソフトマザーの両方の代理母親がいる。8匹のうち4頭は、ハードマザーの胸に仕掛けた哺乳びんからミルクを飲み、残りの4匹はソフトマザーの胸に仕掛けた哺乳びんからミルクを飲むという2種類の条件を設けた。 そうして、アカゲザルの赤ちゃんが、どちらの代理母親のもとにいる時間が長いかを測定した。 結果は、ハードマザーとソフトマザーのどちらの母親からミルクを与える条件でも、アカゲザルの赤ちゃんは、明らかにソフトマザーにしがみついて生活する時間が長かったのである。 このことは、アカゲザルの赤ちゃんは、生まれながらにして柔らかな感触のものを求める性質があることを示している。 ハーロウはまた、同じようにソフトマザーとハードマザーに育てられているアカゲザルが母親から離れているときに、動くおもちゃをそばに置いてみた。 赤ちゃんザルは恐怖を感じて、どちらの母親から授乳されているかにかかわらず、ソフトマザーの方に飛んでいってしがみついた。 さらにその後は、ソフトマザーから少し離れたおもちゃに関心を示し、またソフトマザーにしがみつくことを繰り返しながら、徐々におもちゃへの関わりを持つことができるようになったのである。 移行対象 このような現象は、人間の赤ちゃんにもみられる現象で、母親(愛着対象者)との間で安定した信頼関係を築けている子供は、母親との間での視線の交換を繰り返しながらその能力を伸ばしていくことができるのである。 下記の絵はスヌーピーのキャラクターで知られる有名な漫画のカットである。 このなかで頬に毛布をあて指をしゃぶっているライナスは、常に毛布を手放さず、彼の心を...

乳幼児期の子供が「うそをつく理由」と「対応方法」を言語聴覚士が解説!

乳幼児がある程度言葉を話すようになると、真実とは異なることを言葉にして表出してしまうことがある。 “真実とは異なることを話す"ということを“うそ"と定義するならば、乳幼児期からうそが生じることはありえる。 乳幼児期は、急速に言語の能力が発達する。 言葉の発達は、子どもが育つ環境や持って生まれた性質などに左右され非常に個人差の大きな領域である。 また、乳幼児期の言葉は、言葉を媒介にした思考能力や、認知能力全般の発達にも左右されている。 そのため、乳幼児期にはうそをついてその場を逃れる意図がない、“結果的にうそになってしまったうそ"が発生することがある。 記憶容量の未発達のために生じるうそ 幼児は、よく周囲の親しい大人の口真似をして言葉を覚えていく。 そのため、周囲の大人たちからみれば、子どもが少々大人びた話し方をするのを見て、幼児でも大人と同じレベルの記憶能力や認識能力を持っているように感じてしまう。 ところが、実際には幼児はまだまだ発展途上中である。 記憶の容量についていえば、大人が一度に記憶しておけるものごとの数が5~9個であるのに対して、幼児ではだいたい年齢-1個といわれている。 たとえば、3歳の乗り物が大好きな幼児が幼稚園の保育室でロボットのおもちゃで遊んでいるときに、友達が車のおもちゃを持ってきた。 またもうひとりの子どもが、飛行機のおもちゃをもって来て、一緒に遊び始めた。 このような状況が続いた後で、この子どもに最初にどのおもちゃで遊んでいたのかを尋ねると、最初にロボットで遊んでいたことを思い出せずに、最も印象の強かった飛行機や車のおもちゃで遊んでいたと答えてしまうことがある。 現実モニタリングが未発達なために生じるうそ 幼児は、自分の願望と現実の区別がつかないことがある。 そのため、「~してくれたらいいなぁJという願望があると、その願望が実現していたかのように感じてしまうことがあるのである。 ですから、きょうだいでひとつずつのお菓子を食べているときに、先に食べ終わった弟が、お兄ちゃんが目を離した隙にお菓子をとって、「お兄ちゃんがくれた」と主張することが生じうるのである。 自分を守るためのうそ 2歳から3歳前後の時期は、第一反抗期と呼ばれ...

幼児の困った行動をなくす工夫「計画的無視」「タイムアウト」について言語聴覚士が解説!

注目獲得が目的で困った行動をする場合の対応方法 子どもの困った行動に影響を及ぼす大きな因子のひとつとして、親や周囲の人々が子どもに“注目を与えること"があげられる。 例えば、幼稚園や保育所に通う子どもが時力下品な言葉を覚えてきてしまうことをあげよう。 家庭に帰って子どもがこのような言葉を口に出すと、お父さんやお母さんは思わず吹き出してしまったりすることがある。 そうすると子どもは得意げに何度も何度も繰り返す。 そして、大事なお客さんが来ているときに、子どもがお父さんやお母さんの注目をひきたくて下品な言葉を口に出してしまい、お父さんもお母さんも大赤面などという事態が稀に生じる。 さて、上記の例のなかにあるように、子どもの行動に反応して笑ったり声をかけたり、微笑みかけたりすること、あるいは誉め言葉を与えることや、叱ることも含めて、これらはすべて子どもに“注目を与えること"に相当する。 最も身近で信頼できる存在である、お父さんやお母さんから注目を与えられることは、乳幼児の行動に大きな影響を及ぼす。 親が与える“注目"は、子どもが行動を学習する際の行動を強める因子(強化子)としては、最も強力で汎用性に富んだものである。 先ほどの例では、お父さんとお母さんが、子どもの下品な言葉に対して吹き出してしまい、楽しい雰囲気が形作られたことが、子どもの「下品な言葉」という困った行動を強める強化子となってしまったのである。 周囲の大人の注目を獲得するために繰り返し行われるこのような行動を、注目獲得行動と呼ぶ。 この注目獲得行動は、幼稚園や保育所で着手の先生がよくはまってしまうトラップの例でもある。 保育活動中に、クラスの集団から離れて困った行動を繰り返す子どもを、他の子どもたちを待たせておいて叱りに行ったりすることがよくある。 当該の子どもは叱ったときにはシュンとなるのだが、先生が目を離すと、また困った行動をし始める。 これは、先生が叱ること(この時間は先生を独占できる)が、子どもにとって困った行動を強める強化子となってしまっているためで、子どもは先生の注目をひきつけるために困った行動を繰り返しているのである。 このようなときには、行動を強めている強化子を取り去ることが有効である。 つまり...

遊びと仲間関係の発達について言語聴覚士が解説!「ひとり遊び」「並行遊び」「連合遊び」「共同遊び」「ギャングエイジ」とは?

「ひとり遊び」「並行遊び」「連合遊び」「共同遊び」とは? 童謡「めだかの学校」のなかに、「みんなでお遊戯しているよ」という歌詞があるが、人間の子どもも小さい頃からみんなで遊ぶのだろうか。ここでは、子どもの社会性、すなわち対人関係の発達という観点から考えてみたいと思う。 パーテンによれば、社会性の発達に着目すると、乳幼児期における遊びの形態は次の4段階に分けられるとされている。 ひとり遊び 乳児期に多く見られる遊びの形態で、読んで字のごとく玩具を相手にひとりで遊ぶ状態を指す。 玩具の取り合いをする以外は、基本的に他の子どもたちと関わることはなく、自分だけの遊びに熱中する。保護者や保育者の援助を除けば、基本的には遊び相手をあまり必要としない遊びである。 平行(並行)遊び 3歳児頃に多く見られる遊びの形態である。たとえば、絵を描いたり、折り紙をしたりと、皆で同じ遊びをしてはいるのであるが、そのなかで子ども同士の関わりはなく、同一の遊びが平行して展開している状態である。 一緒に遊んでいるという感覚があるという点で、ひとり遊びよりも社会性の発達がみられるが、隣で遊んでいるのがどのような子でも、まただれかが同じ遊びを始めても気にせず、他の子どもに干渉したり、協力したり、という行動はみられない遊びである。 連合遊び 3、4歳児くらいにみられる遊びの形態で、一応、「子ども同士で遊ぶJという形態である。遊びのなかで、内容についてのやりとりや会話があり、玩具の貸し借りをする。 また、時には遊ぶ相手のえり好みをしたり、場合によっては拒否したりもする。しかしながら、一緒に遊んでいる子どもはほぼ同じ行動をしており、分業をしたり、リーダーシップをとる子どもがいるということはない。 また、同じ遊びをしていても、イメージが異なっていることがあり、たとえば大型積木で囲いを造って一緒に遊んでいる場合でも、ある子は「家」のつもり、別の子は「船」のつもり、ということがある。 協同遊び 幼児期における仲間遊びの完成形といわれ、およそ5歳以降にみられる。一緒に遊びながら、遊びのなかには分業がみられ、それぞれの子どもが違った役割をとりながら、一つの遊びを展開していく。 これに伴って、遊びのなかにルールを取り入れることが可能になり、子ども同士でルー...

誰もが悩む2~3歳の第一次反抗期について言語聴覚士が解説!第一次の反抗期の意味とは?

自我の芽生えと第一次反抗期 2、3歳の子どもを持つ保護者からの相談に、「最近、私の言うことに対して、何でも「ダメ!」「イヤ!」と言うようになり、急に反抗的でわがままになったようで困っている」というものがある。 さらに、相談は続き「この前も、出かけるときに私が『この服を着ていこうか』と薦めても「イヤ!」と言い、「じゃあ、こっちの服は?」と言っても「イヤ!」と言い続け、出かけられずに困ってしまった。 少し前までは素直ないい子だったのに……子育ての仕方を間違ってしまったのだろうか」と。 確かに、このように子どもが言うことを聞いてくれなかったり、反抗的だったりするのは、親にとっては悩みの種だし、ともすれば自分の子育てについても疑間を感じてしまうことだろう。 皆さんは、このような子どもの姿をどう思うだろうか。 何か問題を抱えているのでは、と思う方も多いと思うが、じつは、この時期の子どものこのような姿は、発達のなかで(第一次反抗期」と呼ばれる、だれにでもある、ごく普通の姿なのだ。 それではなぜ、子どもはこの時期になると急に親の言うことに反抗的になるのだろうか? 自我が芽生える 反抗期を説明するキーワードの一つに、「自我の芽生え」がある。 1歳くらいまでの乳児は、自分と母親とが別の存在であるという明確な認識を持っていないといわれている。 ですから、母親の言うことには素直に従うことが多いし、逆に母親が見えなくなると、とたんに不安定になり泣き出したりする。 そのような時期を過ぎて、2、3歳頃に起きる「自我の芽生え」とは、まさに「私は親とは別の存在である」ということを認識することだ。 自分を他の誰とも違った、独立した存在として認識できるようになることは、人格発達の上でも非常に重要な一歩であるといえるのである。 第一次の反抗期の意味とは 自己を主張する 自分は独自の存在であるという意識が強くなると、親との間に対立が起こるようになり、反抗期が訪れる。 親の指示を拒否し、自己主張が強くなるということは、一方の当事者である親からすれば、今まで可愛がってきて、そして素直になついてきたわが子がはじめて自分の言うことに反抗するわけだからだ、ショックも大きいだろう。 しかし反抗期は、反抗という形により自己を表現する能力の...

子供が言葉を覚えるために大切なことは?指さしや共同注視、社会的参照などを言語聴覚士が説明

子どもは1歳を迎える頃から言葉を発し始め、2歳近くになるとまさに「爆発的に」言葉を覚え、急速に語彙数を増やしていく。 中学、高校時代に英単語を覚えるのに苦労をしていた皆さんも多いと思うが、子どもはなぜ生まれて数年の間に数多くの言葉を覚えることができるのだろうか。 言葉を覚えるにはタイミングがある 言葉を覚えることに関してまず大事なことは、言葉の獲得をはじめ、発達の多くの側面には、その特性を獲得するための限られた期間(臨界期)があるということだ。 その典型的な事例として、幼少期に人間の環境で育たなかった野生児として有名な 「狼に育てられた少女」 の事例をみてみよう。 この少女は狼の群れから保護されたときには推定8歳位だったのだが、その時点では言葉を話すことはできなかった。 そして、その後亡くなるまでの約9年間をシング牧師の熱心な教育の下、人間の社会で過ごすのだが、その間に不明瞭な言葉を50語ほどしか獲得することができなかった。 この事例からもわかるように、出生から乳幼児期にかけての生育環境が適切であることが、子どもが言葉を獲得する能力を発達させるのに重要な意味を持っているといえる。 もちろん、英語など母国語以外の第二外国語の習得の例などを考えてみれば、乳幼児期を過ぎても言葉を覚えるのは不可能ではないことはわかるが、それらは母国語という下敷きがあってこそ成立するものだし、なによりも単語の暗記や文法の学習など、乳幼児期に母国語を獲得する際には必要としない、非常に多くの労力を要するのである。 狼に育てられた少女について インドの山中で狼の群れから2人の少女(アマラとカマラ、推定8歳と1歳半程)が、シング牧師によって救出された。発見された当初は狼の習性を身につけており、言葉を話すこともできなかった。 この少女を人間の社会に適応させようとした記録が残されている。この事例に関してはその記述や解釈にさまざまな議論があるが、少なくともこの例から、人間の発達における初期環境の重要性と、発達における臨界期の問題について考えることができよう。 親子のコミュニケーションによって言葉を覚える 指差しと共同注視 言葉を話し始める前の1歳前後から、子どもは自分の身の回りのものに対してしきりに 指差し をするようになる。また多...

子供の言葉の習得の過程【模倣説】【生得説】について言語聴覚士が解説!

はじめての言葉 人間の乳児は1歳前後から言葉を話し始める。 個人差はあるが、2歳の時点ですでに100ぐらいの言葉を話し、500ぐらいの言葉を理解することができる。 言葉を話す能力は、ある時期が来ると急に現れるわけではなく、それ以前にも言葉を話すために必要なさまざまな準備段階を経ている。 また、言葉をしゃべることができるようになった後も、大人と同様の文法に沿った会話ができるようになるには、もう少し時間がかかる。 言葉を覚える道筋:模倣説と生得説 子どもが言葉を覚えるようになるには、どのような過程をたどっていくのだろうか。 たとえば、中学生になって初めて英語を学習する場合、単語や文法を先生から教わったり、教科書を読んだり、書き取り練習をしたり……と言葉を習得するためには特別な勉強が必要になるが、子どもが母語(親と同一の言語)を覚える際には、多くの場合親が特別な教授をしたり、子どもが特別な訓練をするわけでもなく、言葉を自然に習得していく。 子どもがこのように自然に言葉を覚えていくメカニズムについては、さまざまな説がある。その代表的なものをいくつかあげてみよう。 模倣説 模倣説とは、親の言葉がけを中心として、テレビやラジオの音声など、周囲に子どもが聞くことのできる言語刺激がある場合、子どもはそれを物まね(模倣)することによって言葉を獲得するというものだ。 子どもは出生後に放っておかれただけでは、自動的に言葉をしゃべれるようにはならない。つまり、出生後の生育環境が重要なのだ。特に重要なものが、母親をはじめとする人的な環境である。 特に出生後間もない乳児は、母親との密接な1対1の関わり(母―子相互作用)のなかでその後の成長、発達に必要となるさまざまなことを学習するが、言葉もその一つであるといえる。 はじめのうちは模倣しているかどうかもわからない物まねが、やがて模倣の対象である親がようやく理解できる程度になり、その模倣によって親子の間のコミュニケーションが続けられていくうちに、段々とはっきりとした、意味のある言葉へと変化していく。 また、言葉の発達の遅れについて、知的発達の問題と並んで、言語的な環境が一つの要因になると考えられている。すなわち、たとえば親がとても早口であったり、極端に子どもへの言葉がけが少なかったり...

乳児の遊びの意味とは?乳児における遊びの意義を言語聴覚士が解説!

そもそも遊びとはなにか? 遊という字は、子どもが水上にただようさまを表す字形から発展したとされていることからも、ゆらゆらと浮いていたり、さまよい歩いていたりという無目的な状態を示していると思われる。 ホイジンガは、「遊びの目的は行為そのもののなかにある」と説明している。 つまり、遊ぶ目的を検証することや、その結果を評価することが無意味であることを指摘しているのである。 自発的でおもしろく、その行為を楽しむことが、遊ぶという意味なのだということだ。それでは、乳児の遊びとはいったいどのような意味があるのだろうか。 乳児における遊びの意義 心地よさの追体験 授乳の場面を見たことがあるだろうか。乳児はお乳を懸命に飲んでいるかと思うと、時折、飲むのを止めて、親に話しかけたり微笑んだり、乳房や哺乳瓶をさわったりしていることがある。そのようなとき、親は、「遊ばないで飲もうね」などと飲むことを促すことがある。このとき、乳児は周囲の世界を積極的に探索していると考えられている。 生後半年くらいまでの乳児は、周囲の人やものを見つめたり、手を伸ばしてつかんだり、さらにはつかんだものを口に運んで感触を楽しんだりする。そして、興味のあることは繰り返し繰り返し行おうとする。 たとえば、小さな玉を手にいっぱいつかんで、それを床に一気にまき散らす場面を考えてみよう。 散らす、危ない、食べてしまわないかなどという心配が、私たちの頭をよぎることが多いと思う。しかしながら、その活動(動作)をしている乳児にとってはどのような意味があるのだろうか。 小さな玉をつかんで放り投げるというのは、単に楽しいというだけではなく、どのくらいつかめるか、どのくらい広く、あるいは遠くに飛ばせるかを確かめているようにも見受けられる。 つまり、実験とか挑戦のような要素が含まれた活動と考えられる。乳児は心の内面の思いを周囲の世界に一気に吐き出すような活動を通して、心地よさを追体験しているといえる。私たちの心配をよそに、実に楽しい活動(遊び)をしているに違いないと思われる。 働きかけと待ち受け これらの活動は、乳児個人での活動ばかりでなく、周囲の人との関わりのなかで行われることも多く、人との関わりへの関心を育むことになる。その代表的な活動が、いないいないばあに...

乳児の身体面の発達を解説!ハイハイから二足歩行へ

身体面の発達 乳児は約3か月で首がすわるようになり、4か月で支えられると座れるように、8か月でハイハイ、9か月でつかまり立ち、そして生後1年頃にひとり歩き、いわゆる二足歩行が可能になる。これは、完成する基本動作の集大成であるといえる。 乳児の二足歩行が可能になるためには、まず身体面の発達が必要である。2本足で移動するためには、足底で重心の高い身体を支える必要がある。つまり姿勢保持機能の発達が必要になる。 さらに、歩くためには、重力に反して足を持ち上げるという抗重力機能が必要である。そして、一方の足を踏み出し、持ち上げている間、他方の足で体重を支え、身体の重心をコントロールし、バランスをとっておかねばならない。これは平衡機能が発育してはじめて可能になる。 二足歩行はこうした複数の機能の協応関係のうえに成立している複雑な運動である。 そのため、乳児は、二足歩行を始めた頃は、身体を支える足の強さの程度がわからず歩行に失敗したり、足の踏み出しを早くすることで身体を支える時間が短くなるように工夫したり、といった試行錯誤を繰り返す。そして次第に二足歩行に必要な身体運動が可能になっていく。 これまでみてきたように、二足歩行は生後約1年後に可能になるが、生まれた直後の乳児でも二足歩行と似たような動作をすることが知られている。 これは原始歩行と呼ばれている。乳児の脇をもってやり、少しずつ前に進めてあげるのである。すると乳児は足を交互に動かして、歩くような動作をする。 ただ、この原始歩行は生まれた直後に現れるものの、2、3か月すると消える。そして生後1年経った頃に二足歩行が再び現れるのである。 この現象はどのように考えられるのか。現在のところ、歩行動作が消えている期間に、身体機能面でのレディネス(readiness)が少しずつ整えられ、それが1年後の独立歩行として出現すると考えられている。 心理的要因 2つめの要因は、こうした身体面での発達に基づき、乳児自身が自らの力で立ち、歩き出そうとする意欲をもつ、ということである。 一般に、ある行動が可能なだけの準備ができている状態を レディネス と呼ぶ。 身体の発達により、歩行可能な身体機能面のレディネスができると、それを活用したい、という意欲が生まれる。そして、二足歩行への...

赤ちゃんは泣くことで情緒を知らせているのか?社会的参照とはなにか?

赤ちゃんは泣くことで情緒を知らせているのか? 「赤ちゃんの仕事は泣くことだ」とよく言われている。 驚くべきことは、生後3日目までに母親は自分の赤ちゃんの泣き声と他人の赤ちゃんの泣き声には異なる反応を示すようになると言われていることだ。 生後1か月の頃になると養育している多くの親が、自分の赤ちゃんの泣き声が「空腹」のためなのか、どこか「痛い」のか、「怒り」なのか、「眠い」のかのその意味を感じとるようになると言われている。 養育している親の「敏感さ」にも支えられ、新生児や乳児の生理的な状態は泣き声を通して伝わっていく。これは彼らの「喜怒哀楽」の表現なのか?それとも、単に彼らの「生理状態」の表れに過ぎないのか? 赤ちゃんは喜怒哀楽を模倣するのか? フィールドらの報告では、新生児(生後平均36時間)の眼前で検者が「喜び」「悲しみ」「驚き」という3つの表情をしてみせると、新生児がそれらを「識別」し、模倣することを報告している。もちろん模倣ができたから情緒を産出していることにはならないが、興味深い知見であることは確かだ。 フィールドらの研究結果は、赤ちゃんがお母さんの喜怒哀楽の表情に自分の表情をシンクロしようとしているかのように感じさせる。 お母さんの「喜び」の表情を「喜び」として、あるいは「驚き」の表情を「驚き」として理解して反応しているというよりは、ここでは模倣という行動を通して相互作用するという客観的事実に限定する慎重さが必要だが、まさにその相互作用にこそ、この現象の意味を解く鍵があるように思える。 母親は自分の赤ちゃんの「泣き」に非常に敏感である。生理的現象としての「泣き」にいろいろな意味を感じようとする。そして一方で、赤ちゃんはお母さんの喜怒哀楽の表情に敏感に反応するのだ。 社会的参照とは? むしろ新生児や乳児における喜怒哀楽の表出を単なる生理的反応の問題としてとらえるのではなく、母子を中心とした社会的相互交渉の視点で考えてみることが重要だろう。 産科病院の新生児室で一人の新生児が泣き出すと他の新生児も一斉に泣き始めることがよく知られているが、サギとホフマンによれば、この現象は人の「共感性」の最も早い出現としてとらえられるというのだ。 最初に述べた新生児の種々の泣き行動もその微妙な違いに敏感な養育者の選択的な反応に...

子供は乳児の頃から親の行動を見て学ぶ能力がある

乳児には、親の行動もまねる能力がある 昔から、「子は親の背中を見て育つ」「子は親の鏡」「この親にしてこの子あり」ということわざがあるように、親は子どもが世のなかのことを理解していく上で貴重な存在であるといえる。 親から学ぶ上で、子ども、特に赤ちゃんがもっている能力としては、模倣と社会的参照をあげることができる。赤ちゃんには、舌を突き出す、口を開ける、唇を突き出すというそれぞれの表情の模倣がみられる。これを共鳴動作と呼ぶのだが、ちょうど一方の音叉を鳴らして他方の音叉に近づけたときに、ふるえて音が出るように、大人の表情に対して、同様の表情をつくる。これがすでに生後1か月未満の赤ちゃんに見られることがあるのだ。 ところで、生後間もない赤ちゃんが自分の表情を客観視することなく、大人の表情を模倣できるというのは不思議なことである。 この点に関して、赤ちゃんが自らの動作によって、親の動作に一定の変化が起こることを発見することに喜びを感じると言われている。 たとえば、赤ちゃんが「あっうう」と声を出せば、親がその声をまねることで、赤ちゃんの働きかけに応答する。そうした親による赤ちゃんの行動の模倣を、赤ちゃんはおもしろがって、繰り返す。親も、それに応えて、また模倣する。 そうしたやりとりが繰り返された結果、赤ちゃんは大人の表情や動作という「手がかり刺激」に対して、同じ表情や動作で反応するようになると言われている。 その後、8~9か月くらいになると、モデルの声やしぐさが観察されたすぐ後に模倣するといったように、模倣も意図的になり、特に、興味を覚えたものが模倣されるようになる。 例えると、テレビを見て興味を引いたキャラクターの声やふりをまねるようになる。さらに、1歳半ばくらいになると、ある程度時間が経過した後に、模倣が見られるようになる。 これを延滞模倣というのだが、かつて見たり聞いたりしたものが表象(イメージ)として記憶のなかに定着していることをうかがわせられる。例えば、親のなかには、普段あまり意識していないような言葉ぐせやしぐさを、あるとき突然赤ちゃんがまねて、思わず苦笑した経験がある人もいるのではないか。 親の表情を参照する能力 一方、親の反応をみて、赤ちゃんがすべきかどうかを決めているようにみえる行動がある。これを社会...

エントレインメント、情緒的コミュニケーション、基本的信頼感、愛着(アタッチメント)、安全基地について言語聴覚士が解説!

社会的な存在としての乳児 みなさんは、親と子供(乳児)が楽しそうに関わりあっているところを見たことがあるだろうか? 親の「○○ちゃんはかわいいね」等という愛情豊かな語りかけに対して、その声に合わせるように、乳児は手足をバタバタと動かしたり、はほえんだり、声を出したりする。また、乳児が泣いたり、ぐずったりすると、親はそばに来て、抱き上げ揺すると、機嫌がよくなったりもする。 このように親子のやりとりで大切なことは、乳児の行動が親の行動によって上手に引き出されている、また、親の行動も乳児の行動によって引き出されているのである。 つまり、乳児は親からの働きかけに対して自分の手足を動かして応答し、その様子を見て親はまた働きかけるのだ。 このやりとりでやがて、親の言葉と乳児の体を動かすタイミングが同調するようになる。 この現象は「 エントレインメント 」と呼ぶ。 能動的な存在としての乳児 乳児の動きやはほえみ、発声、泣きなどは、親によって敏感に感知され親がその状況に応答するということも多い。このことから、親子間での相互の交渉は、互いに情緒的な信号を発しており、それらを感知し、適切に反応するという形で進行しているといえる。このことを、「 情緒的コミュニケーション 」と呼ぶ。 20世紀の中頃まで、乳児は目も見えず耳も聞こえない何もできない存在と思われてきた、近年までの乳児の研究によって、彼らがさまざまな能力を持って生まれてくることがわかってきた。確かに、乳児は、歩くことも話すこともできないが、自ら積極的に外界(周囲の人や物)に働きかけ、全身を使って周囲の人とコミュニケーションする存在なのだ。 基本的信頼感の獲得 子どもは、自分を保護してくれる大人の存在なしでは生きることは難しい。保護されている間、子どもの養育を行う大人(多くの場合、親)の関わり方が、子どもの発達に大きな影響を与えることは容易に考えられることである。 エリクソン(Erikson,E.H.)は、乳児期の発達課題として「 基本的信頼感 」の大切さをあげている。つまり、乳児の時期に親が子どもに抱かせる大切な気持ちとは、生まれてきた社会(または家庭)は信頼できるのだという感覚を持てるということだ。 ほとんどの子どもにとって、生まれて初めて体験する社会は家庭...