人工肩関節置換術後のリハビリテーション

解剖学的人工肩関節の概要

変形性肩関節症患者に対して行われる術式の1つである解剖学的人工肩関節置換術(anatomic total shoulder arthroplasty:aTSA)では、肩関節の解剖学的構造と同様、骨頭を上腕骨側に、関節窩コンポーネントという部品を肩甲骨側に設置します。この術式は腱板の機能が正常である症例であった場合、5年生存率が98%、10年生存率が96%、20年生存率が84%という非常に高い安定性を誇ります。しかし、変形性肩関節症自体が修復不能なほど重度な腱板断裂に起因して生じている場合、aTSAは禁忌となります。これは腱板の持つ働きに関係があります。
腱板とは肩関節の安定性に寄与するインナーマッスルの総称で、上腕骨頭を関節窩の方へ引き寄せる働きがあります。しかし、腱板断裂などでその働きが損なわれてしまうと、上腕骨頭を関節窩の方に引き寄せておくことができなくなってしまい、上肢を挙上した際に骨頭が頭側へ移動してしまいます。この状態で解剖学的人工肩関節を入れた場合、上腕骨は関節窩コンポーネントを木馬のようにゆらゆらと揺らす作用を持ってしまいます。
このようなストレスがかかり続けることで人工関節には早い段階で緩みが生じてしまうので、重度な腱板断裂に起因する症例ではaTSAは禁忌となっているのです。しかし、このような症例の場合は人工骨頭置換術を行っても予後はよくありません。この術式を選択した場合、関節窩を残すことに起因する疼痛が後遺症として生じてしまうのです。
このように、重度な腱板断裂に起因する変形性関節症患者に対する有効な手術が無い、という状況が日本では長年続いていました。しかし、2014年に日本でも反転型人工肩関節が導入されたことにより、状況は好転しました。

反転型人工肩関節の概要

反転型人工肩関節(reverse total shoulder prosthesis)とはフランスで開発された人工関節で、他の先進国から遅れる形で2014年に日本でも導入されました。これにより、日本でも反転型人工肩関節置換術(reverse total shoulder arthroplasty:rTSA)が行えるようになったのです。
この術式は、欧米では「奇跡の術式」とまで称されています。また、日本においてはrTSAの適応となる腱板断裂性肩関節症の症例数が多かったこともあり、導入されると2015年の1年間で変形性肩関症に対して実施されたrTSAの症例数は、aTSAのおよそ3倍にも上りました。では、欧米では奇跡と呼ばれ、日本でもこれほど歓迎、施行されたrTSAの特徴とはどのようなものなのでしょうか。
まず、rTSAが奇跡の術式と呼ばれるようになった所以は、腱板断裂性肩関節症のように骨頭を引き寄せることができず上肢挙上が困難となった症例や、三角筋の筋力不足により偽性麻痺肩を呈した症例であっても、上肢を容易に挙上できるようになるということです。これは反転型人工肩関節の特徴的な構造に起因します。
 反転型人工肩関節では通常の関節や解剖学的人工肩関節とは反対に、骨頭となる部品が関節窩側に設置されます。これにより関節窩側が凸、上腕骨側が凹となり、関節面と外転運動の回転軸が内側かつ下方に移動することになります。すると筋の作用線と支点の距離が離れるため、モーメントアームもこの場合だと約70%長くなります。
てこの原理により長くなったモーメントアームの分発揮される外転筋力も増加するため、より少ない力でも上肢の挙上が可能となるのです。また、運動側が凹となるため、運動により人工関節が早期から緩むこともありません。これがrTSAの最大の特徴であり、日本でも歓迎された要因の1つです。しかし、日本で導入されてすぐに症例数が伸びたのには他にも理由があります。
日本で反転型人工関節が早期に取り入れられたその他の要因として、日本整形外科学会が作成したガイドライン準拠すれば、治験なしでも手術に導入できたという点が挙げられます。しかし、導入当時のガイドラインではrTSAの適応は腱板断裂性肩関節症に起因する偽性麻痺肩であること、そして70歳以上の高齢者に限るとされていました。
これではrTSAでしか対応できない70歳未満の症例では手術を行うことができません。このため、現在では臨床の実情に見合うようにガイドラインの改訂作業も行われています。また、三角筋機能不全に起因している症例では、手術により自動挙上100°以上にできる場合に限り適応しても良いのではないかという議論も行われています。ただし、いずれの場合においても一時修復が可能な軽度の腱板断裂については適応外となります。
なお、変形性肩関節症に対する術式の中にはbony increased offset(BIO)というものもあります。これは骨頭から関節窩への骨移植を伴う方法です。BIOは関節窩がコンポーネントの設置が困難なほど破壊された、 特殊な症例に適応されます。この術式でも、関節窩コンポーネントの設置位置を外側へ移動させることができます。

人工肩関節術後リハビリテーション

人工肩関節術後のリハビリテーションを行う際には、まず脱臼を防止するために脱臼肢位についてしっかりと把握するようにしましょう。また、aTSAとrTSAにはそれぞれデメリットがあります。このため、リハビリテーションではそのデメリットを避けるように配慮し、さらに解消するようにアプローチしていくことになります。以下ではそれぞれの術式の特徴とアプローチ方法についてご説明します。

解剖学的人工肩関節術後のリハビリテーション

aTSAの脱臼肢位は肩関節外旋位であるため、この肢位をとることは禁忌となります。また、aTSA後は拘縮を生じやすいという特徴を持ち合わせていることから、拘縮予防と可動域向上がリハビリテーションの主な目的となります。以下では時期によって異なるアプローチの内容を、相に分けて説明します。
第1相は術後4週目までの時期で、愛護的な介入を行います。まず、三角巾で患肢の安静を保ち、修復したばかりの肩甲下筋にストレスをかけないようにするため30°以上の肩関節外旋を禁忌とします。そしてこの時期に行うことは、創部のアイシングと低負荷な関節運動です。アイシングは1回15分、1日4~5回程度行います。また、関節運動は背臥位での自動介助運動や肩甲骨内転運動、コッドマン体操(振り子体操)等、術後の肩甲上腕関節へのストレスが極力少ないものが選択されます。
肩関節の他動可動域が屈曲90°、外旋30°、内旋70°に到達すると、第2相へ移行します。この相は、術後4~6週に相当します。第1層までは他動運動をはじめとした愛護的な可動域訓練が中心でしたが、第2相からは自動での関節可動域訓練も追加で開始します。
そして、自動運動にて肩関節屈曲140°、外旋60°に到達すると第3相となります。この相は、術後6~12週に相当します。この時期からは関節可動域訓練に加えて、肩関節周囲筋群の筋力増強訓練も開始します。
最後におよそ術後12週以降、自動運動にて肩関節屈曲160°を獲得すると最終相である第4相へと移行します。この相では獲得した関節可動域を維持しつつ、さらなる筋力増強を図るためのアプローチを行います。そして、徐々にスポーツ復帰することも可能となります。
なお、完全なスポーツ復帰は4~6か月後となりますが、リハビリテーションが終了しても人工関節に過度なストレスを与えるスポーツは控えるように指導する必要があります。

反転型人工肩関節術後のリハビリテーション

rTSA後は特に脱臼に配慮しながら介入する必要があります。rTSAでは肩関節伸展・内旋位が脱臼肢位となります。このため結帯動作と呼ばれる下着やエプロンをつけたり、背中の方へ手を回したりする動作は、術後3か月まで禁忌となることを指導する必要があります。そして、主な介入目的は三角筋の機能向上となります。
まず、術後6週までは第1相と呼ばれ、この時期は愛護的な関節可動域訓練と筋力増強訓練を行います。特に術後3~4週までは軽度外転装具を使用し、三角筋の過緊張を防止します。外転装具を使用するのは手術により患肢長が伸びることから、肩関節を30°程度外転させて三角筋へのストレスを軽減させるためです。
疼痛予防にはaTSA後と同様の方法のアイシングが適用されます。三角筋と肩甲骨周囲筋群の筋力増強訓練は術後4日目から開始し、ストレスの少ない等尺性運動を行います。なお、術後3週までの目標は他動的な肩関節屈曲120°、外旋30°です。内旋運動は第2相まで禁忌となります。
次は術後6~12週に相当する第2相です。この時期から自動運動による筋力増強訓練を開始しますが、三角筋の過緊張に起因する肩峰疲労骨折を防止するため、疼痛の出ない範囲で運動することを原則とします。なお、運動姿勢は背臥位、座位、立位と徐々に変化させていきます。
術後12~16週で第3相となり、積極的に関節可動域向上を図る段階になります。なお、第3相までの筋力増強訓練は等尺性運動のみで、等張性運動は次の第4相から開始されます。]
術後16週以降は第4相となり、肩関節屈曲120°、外旋30°が目標となります。また、等張性運動による筋力増強訓練も可能となりますが、第1相と同様に肩峰疲労骨折の防止に努める必要があります。このため、動作は緩徐に行う、荷重負荷は5㎏までとする、という注意点を守ることが重要です。
以上が反転型人工肩関節術後のリハビリテーションの進め方ですが、この術式は残存している肩関節外旋筋力の程度により予後が大きく異なります。具体的には肩関節外旋可動域が自動時と他動時で40°以上の差がある場合、リハビリテーション終了後も日常生活動作に制限が残ります。このため、リハビリテーション開始前に後遺症について十分に説明する必要があります。なお、このような症例の場合は広背筋移行術などを併用して腱板機能をカバーする方法が検討されます。